この奇妙な国で

みなさんこんにちは。

いまテレビで内閣不信任決議案の採決中継を
みながらこのメルマガを書いています。

守る方も攻める方も、国民のことなど二の次、
頭のなかにあるのは目の前にいる憎たらしい
敵をやっつけることだけ。

確かに闘争心は人間の本能のひとつではありますが、
日常ヒトはそのような生の闘争心を、思慮や分別あるいは
自己犠牲といったより高度な精神によって包んで生きて
いるものではないでしょうか。

このような形で、本能むき出しの闘争心をぶつけ合う
姿を目にする機会を、私たちは他にもっているでしょうか。


一方で政治家は国民が選ぶもの・・・


であれば一国の政治はその国民の民度を超えては成立
しえないし、また逆に政治が国民の民度を著しく
下回って営まれることもないはずです。

要するに一国の政治は、その国の国民のレベルに
あわせて成立しているはずです。

民主党が政権をとるまえ私は、自民党の長期一党政権が
政治の貧困の元凶だと信じていましたが、二大政党時代を
迎えても、やはり政治の貧困は一向に改善される気配は
ありません。

いまの政治をみていると、その質の低さに憂鬱な思いがしますが、
私はいまの政治家が日本人を代表しているとは思いたくはありません。

むしろ逆に日本人が営む経済の水準は、いまでも世界の
トップレベルに位置しているように見えますし、大衆発の文化や
その精神性の高さにおいても、世界的な水準を凌駕していると
私は思います。


突き詰めていいますと、この政治家村は日本人の一般的水準を著しく
下回ったレベルで運営されているのではないかと思うわけです。

では一体なぜこのようなことが起きてしまい、
しかも長期にわたってこのような状態が続いているの
でしょうか・・

私は多すぎる国会議員の頭数が、最大の問題ではないかと
思いはじめています。

例えば企業の場合は、役員の数に比例して意思決定が遅れる
傾向にあるようですが、そもそも人は頭数が多くなると、
派閥を作りたがる習性を持っているのではなないでしょうか。

つまりそもそも意思決定を避けたがる傾向にある日本人にとって、
国会議員の数の多さが災いしているということです。800人もの
議員が本当に必要なのでしょうか・・・

議員は少数精鋭であるべきだと私は思います。


あるいは政党政治と日本人のメンタリティの間に、なんらかの
相性の問題がありはしないでしょうか。


大勢の人間が政党を組織し、政党単位で議論を闘わせながら
営まれる政治の形態は、明治維新後に欧米から輸入されたもので、
そもそも日本人が考えだしたものではありません。

日本人はもともと群れたがる習性を強くもった民族だと私は
思いますが、政党の実体は日本人にとって単なる群れに過ぎず、
つまり政党政治は議員の多さとあわせ、日本人に低次元の闘争
の場を提供しているような気がするわけです。

政党政治とは何なのか・・・政党を組織して、政党単位で
政策を実現する今の手法がベストなのか否か・・・もう一度
原点に立ち返って考えてみる必要があるかもしれません。

あるいはまた参議院の権限の強さも
災いの一つだと思います。

政治の暴走を止めるチェック機能は必要でしょうが、
その権限があまり大きくなりますと、健全な意思決定を邪魔して
しまうことにはならないのでしょうか。

などなど・・

少なくとも明治維新後140年以上を経て、なおいまだに日本人の体質
にあった政治形態を見出すことが出来ていない・・・これが今の
政治の混迷の主因であって、決して日本人の資質は悪くはない、
私はこう思いたいわけです。

私たちの子供たちが振り返り、「あのときは産みの苦しみだったね」
といえるような時がくるといいのですが・・





では、今回はこのへんで。
(2011年6月2日)




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