■ツキの正体
みなさんこんにちは。
「なぜ幸運は連続してやってくるんだろう」
逆に
「どうしてこんなにも不運が続くんだろう」
こんなふうに皆さんはお考えになったことはないでしょうか?
不運も幸運も、確かに連続してやってくる傾向は
あると思います。
むしろ良いことにせよ悪いことにせよ、等間隔でやってくるという
ことのほうが稀ではないでしょうか。
その昔僕はよく麻雀をやりましたが、麻雀をやっていると
ヒシヒシとツキというものを感じました。
一度ツキがやってきますと、もう何をやっても止まりませんし、
逆に一度ツキに見放されますと、もうどしようもありません。
ついているヤツの安全パイとして残していたものが、
ひっかけリーチのカンチャンに振り込んだりしてしまうわけです。
麻雀が運に大きく依存する遊びだから、たまたま
ツキの流れがよく見えてしまうだけで、
きっと私たちの日常も、麻雀のように運に支配されている
に違いありません。
そして運は決して均一にばら撒かれておらず、私たちが生きる
時間の流れのなか、大きな塊状(かたまりじょう)になって、
あちこちに点在しているのではないでしょうか。
その結果、幸運や不運はあたかも連続してやってくるように
みえるのではないかと僕は思います。
では幸運にせよ不運にせよ、なぜ流れゆく時間のなか均一に分布せず、
塊状になって点在しているのでしょうか。
僕はなんとなくわかるように気がします。
自然界を見渡した場合、規則正しい均一な分布のほうが、
むしろ異常な状態だということがよくわかります。
例えば夜空に輝く星たち・・・
小学生が描く絵をみると、星が均一に描かれていたりしますが、
夜空の星を観察すると、決して均等に散らばってはいません。
あるいは子供のことよくやったビー玉遊び。
手にいっぱいのビー玉を握りしめ、地面にバラまくとどうでしょう、
ビー玉は決して均一に散らばらず、密な部分と疎な部分を作って
止まります。
つまり自然界において、あらゆるものは均一に分布などしておらず、
疎密を形成しつつ分布しているのではないでしょうか。
もっと言えば、そもそも均一などという概念自体、人間が作り出した
偏狭な思い込みに過ぎず、すべてのモノやコトは、時間や空間のなかを
いわば不規則に動いているのではないでしょうか。
つまり時間的かつ空間的なランダム・ウォークによって、
必ず疎密が生まれる・・・
この考えに立てば、私たちに訪れる運にも濃淡があり、
疎な部分(すなわち不運)と、密な部分(すなわち幸運)が、
数珠(じゅず)つなぎのように連続でやってくるという現象にも、
納得がゆきます。
ですから私たちはツキに恵まれた場合、どこまでもその波に
乗って行けばいいのだと思いますし、逆に連続した不運に見舞われた場合、
「運とはもともとそんなもの・・・」と割り切り、
冷静に不運が過ぎ去るのを待てばよいのではないでしょうか。
そのうち必ず幸運が連続でやってくると信じて・・・
では今回はこのへんで。
(2016年8月3日)
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