貨幣の不思議

みなさんこんにちは。

先週NHK-BSで放送された「欲望の貨幣論」には、
いろいろ考えさせられました。

貨幣とはいったい何なのか・・・

貨幣そのものに価値はありません、
であれば私たちはいったいどのような理由で必死で貨幣を求め、
かつ蓄えようとするのでしょう。

それは他人が貨幣を受けとってくれるからで、
例えば私たちは5000円のお札と交換に、
5000円という値札が付いた洋服を手に入れることができます。

では服屋さんのほうからみればどうでしょう。

私が差し出した5000円を受け取るのは、
その5000円で服屋さんが家賃を支払ったり、
店員の給料として支払うことができるからです。

言い換えれば貨幣に対する「信頼の連鎖」によって、
経済は循環しているといえるのではないでしょうか。

では一歩進めて、
なぜ私たちは貨幣を信頼し、
その価値を認めているのでしょう。

その理由は二つあると思います。

一つ目は発行体に対する信頼です、日本円の発行体は日本銀行ですが、
最終的には日本国政府が価値を裏付けているといってよいでしょう。

私たちが他人が差し出す一万円札を受け取るのは、
日本国政府に対する暗黙の信頼を共有しているからだと思います。

二つ目は発行量の適切な管理です。

日銀が紙幣の発行を適切に管理し、
その供給量を制御できているという信頼感によって、
私たちは貨幣に対する信認を維持しているといえるでしょう。

もし一万円札がバンバン印刷され、
例えば自分のお子さんの財布が、
一万円札で膨れ上がっていたとすればどうでしょう。

そんな状態になれば、
私たちの一万円札に対する見方もずいぶん違ってしまう
に違いありません。

つまり私たちが貨幣を信頼し、
その価値を私たちが共有しているのは、
上記のように「発行体である政府への信頼」があり、かつ
「発行量が適切に管理」されていると考えているからでは
ないかと僕は思います。

では逆に上記に2点のいずれか、
もしくは両方ともが喪失すればどうでしょう。

その場合私たちの貨幣に対する「信頼の連鎖」は、
断たれることになるでしょう。

具体的に金融システムのどの部位で信頼の連鎖が断たれるかはわかりませんが、
その最も脆弱な結節点が断裂することになるでしょう。

ただし私たちは貨幣のない世界で生きてゆくことはできません。

なぜならば貨幣に代わる、価値の交換システムを私たちは
まだ持っていないからです。

ですから旧来の貨幣秩序が崩壊した後は、
きっと新しい貨幣秩序が生まれるでしょう。

問題はその移行期をまたぎ、
どうすれば私たちは自分の資産を維持できるか・・・

この一点に尽きるのではないでしょうか。

そんなことを考えながら僕は「欲望の貨幣論」を視ていました。

 

では今回はこのへんで。

(2019年7月16日)




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