トヨタが無くなるとどうなるか

人は短期の変化に過剰に反応する傾向にありますが、ゆっくりと進む変化には鈍感です。

振り返れば僕が新卒で三洋電機に入社したころ、日本の製造業は絶好調でした。家電製品では関西に松下、三洋、シャープがあり、関東では日立、東芝、ソニー、三菱などがそれぞれ世界最高水準の家電製品を作っていました。家電分野だけではありません、通信分野ではNECや富士通が世界水準の通信機器を作っていましたし、造船では三菱重工や石川島播磨重工、鉄鋼では新日鉄や日本鋼管など、半導体はNECや富士通、東芝などが世界市場を寡占していました。当時の日本は最終製品分野で世界を席巻していたのです。

そんな最高水準の製品群は、日本からアメリカはじめ世界中に輸出されおカネを集めました。そしてそのおカネは従業員の賃上げ原資となり、政府の財政も支えました。当時、急速に豊かになった日本の原動力は、突き詰めていえば世界最高水準の製品群だったといえるでしょう。

新卒でなにも知らない当時の僕は、世界ナンバーワンの日本製品は永遠に続くものだと思い込んでいたのです。

あれから40年・・・。

家電はすっかり中国にやられてしまいましたし、造船は韓国と中国、半導体は韓国に、鉄鋼も中国とインドという具合です。

そしていま、最終製品分野でかろうじて高いシェアを維持しているのは、自動車だけになってしまいました。

でも、その自動車もちょっと怪しくなってきました、発端はヨーロッパとアメリカ政府によるガソリン車規制です。2018年あたりからだったでしょうか、温暖化防止というテーマに世界が熱中し、またたくまに欧米はガソリン車の規制に急速に傾いていきました。

このあたりは欧米の得意技で、実のところその目的は「日本車たたき」だったのだと思います。おそらくドイツの4社とアメリカの3社+1が政府をたきつけて、日本メーカーが得意とするガソリン車とハイブリッド車を潰そうとしたのでしょう。特にアメリカには、1980年代に日本の半導体潰しで成功した体験がありました。

でも、その後の展開は1980年代とは違ったものになりました。

日本車の勢いが止まったのは目論見通りでしたが、日本と欧米の隙間に中国が入ってきたのは全くの想定外だったと思います、ガソリン車の生産には長い間に培った、いわゆる「擦り合わせの技術力」が求められますが、EV社では日本もドイツもアメリカも、そしてもちろん中国も一斉スタートです。

BYDに代表される中国メーカーは、短期間のうちに日本や欧米の技術をパクり、中程度の性能ながら価格が安いEVやPHVを作るようになりました。「パクリ」というと少々言い過ぎかもしれませんが、自国の巨大な市場をエサに、中国メーカーとの共同出資による現地法人設立を義務付けるという手法は、少なくとも技術移転の強要だといえるでしょう。

このようにして中国メーカーは、日本やドイツのメーカーから得た技術やノウハウをベースに安価なEVを生産し、それらをヨーロッパに大量輸出した結果、EUとの間で摩擦が起きました。このあたりの経緯は長くなるので端折りますが、とにかくヨーロッパとアメリカが日本車たたきのつもりで決めたガソリン車規制によって、日本よりはるかに厄介な相手、中国を引き入れてしまったのは事実です。

いまさらEUがEV補助金の廃止を決めたところで、中国車の勢いは止まりません。彼らは中国政府の支援を受けつつ、自動運転分野やPHVなど、幅広い先端自動車分野で技術の蓄積を進めつつあるのです。

最近ではBYDにCMを日本で観る機会も増えてきましたし、同社は日本法人を設立し、販売網やメンテナンス体制まで整備しつつあります。幸いにしてまだ街中で同社のクルマを見ることは稀ですが、僕は自動車がかつての家電や鉄鋼のようになってしまわないか心配です。

トヨタが家電と同じ道をたどればどうなるか

ここからは仮定のお話ですが、トヨタが松下やシャープ、三洋、東芝のようになってしまえばどうなるのでしょう。

自動車産業は家電や鉄鋼より影響が大きいと思います、よくピラミッド状の構造などと言われますが、トヨタはアイシンやデンソーなど上場関連会社に始まり2次受け、3次受けなど多くの納入会社を抱えています、ガソリン車は部品点数が多いだけに、このピラミッドもまた巨大です。トヨタで飯を食っている会社が何社あるか僕は知りませんが、零細企業まで含めると、社会的に相当大きな影響がでると思います。

納税額という点でも影響は大きいはずです、例えばトヨタ自動車の連結決算を見ると、昨年度(2023年3月期)の納税額は約2兆円です。これにアイシンやデンソーなど持ち分適用会社の納税額、あるいは資本関係にない納入先など含め、ピラミッド全体の納税額を加えると2.5兆円ほどになるかもしれません。さらに範囲を広げ、日産やホンダ、SUBARUなど自動車産業全体まで広げると、産業全体で4兆円ほどの税収減になる可能性もあります。

昨年度(令和5年度)日本の税収内訳をみると、法人税が15.9兆円でしたので、この金額はかなり高額です。

さらに技術の伝承という意味でも影響は大きいと思います。前記のように自動車の部品点数は多く、エンジンに始まって電装部品、半導体、塗装に鋼板などなど、ボルト一つをとっても高い精度が求められます。もし我が国から自動車産業が無くなってしまえばどうでしょう、それは単に自動車という最終製品を失うにとどまらず、戦後80年にもわたって伝承されてきた技術の喪失を意味します。これはもうトヨタという一つの会社にとどまらず、国家レベルの損失ではないでしょうか。

トヨタは日本の最終製品に残された最後の牙城です、中国のように直接支援金を出せとは言いませんが、少なくとも政府はBYDにEV補助金を出している場合ではありません。

 

(2024年11月30日)




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