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■この世をば・・・

『この世をば わが世とぞ思う 望月の 欠けたることも なしと思えば』

この世はすべて私の思うがまま、
今の私は全ての点で満ち足りている、
まるで一点の欠けもない満月のように・・・

これは平安時代の中頃、藤原道長が詠んだ歌です。

当時の道長は天皇を摂政しつつ、
実質的には全ての権力を掌握していましたので、
確かにその点では「一点の欠けもない満月」のような心境だったことでしょう。

ただ一方で、物質的な豊かさという点ではどうだったでしょうか。

平安時代のことですから、食事は朝夕の二食、京の都は海から遠く、新鮮な魚は手に入りにくかったことでしょう、
かといって牛や豚を食する習慣も無く、
恐らく道長といえども、普段の食事は菜食が中心で案外質素なものではなかったでしょうか。

貴族の邸宅は、それなりに当時の贅を尽くして建てられたでしょうが、
それでも瓦葺の屋根に板張りの床がせいぜい、この時代畳は十分に普及しておらず、
板張りの床に座布団のような感覚で置いて使われていたと聞きます。
京の冬は底冷えがし、道長といえども冬の夜などは、寒さに震えながら床に就くことも多かったことでしょう。

時の権力者の「一点の欠けもない満月」のように満ち足りた生活も、
現代を生きる私達からみると「不便極まりない」貧しい生活に感じられるに違いありません。

もし人間の欲望に際限が無いのであれば、
人間にとって「絶対的に豊かな生活」などというものはあるはずもなく、
人間が「一点の欠けもない満月」のような心境でいられるのは、周りの人たちと比べ、
自分や家族の生活が「相対的に豊か」である場合に限られるのかもしれません。

そういう視点で私達現代の日本人をみてみますと、
一時に比べ相対的な豊かさに陰りが見え始めているようですが、これからどうなるのでしょうか。

例えばお隣の国、中国。

テレビで見る彼らの生活は目を見張るほど豊かになってきていますし、
2010年中に中国のGDPは我が国を抜いて世界第二位になるといいます。
それですら十分に私たちからみると驚きなのに、
さらにこれから益々経済発展の速度が高まると予想されています。

中国ばかりではありません、米国のゴールドマン・サックスのレポートによりますと、
2050年までには中国に続き、インド、(統一がうまくいった場合の)韓国+北朝鮮、インドネシアに抜かれ、
我が国のGDPは現在のG20でアジア最低の地位に沈むとされています。

このようなお話しをしますと、
必ず「それはGDPベースの話であって、一人当たりGDPではまだまだ大きな隔たりがある」と反論されるのですが、
例えば中国に一人当たりGDPで30,000ドルを超える人たちが数千万人現れるだけで、
私たち日本人の「相対的な豊かさ感」は失われるに間違いありませんし、
そのことは私たちの不安感を掻き立てることになるでしょう。

つい数年前まで私たち日本人はアジアで唯一の先進国でしたし、
一時は米国と並び世界で最も豊かな国と称されたときもありました、
その日本がなぜこうも早く「その他大勢扱い」の国になってしまったのでしょうか・・・
私はむしろここ百年ほどの日本が異常だったのではないかと思えてなりません。


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