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■積立投資の誤解、分散投資の変質

長期投資と並んでよく誤解されるのは積立投資です。
「ドル・コスト法による積立投資を行えば、価格変動など気にしなくていいですよ、
あなたはお金が増えるのをただ待っているだけでいいのです」、
皆さんはこのような文句を聞かれたことがないでしょうか。

まずここでいうドル・コスト法による積立投資について少しご説明いたしましょう。
例えばあるとき皆さんが、今後1年間にわたり毎月3万円でAという投信を買うと決めたとしましょう、
仮に1月時点でA投信の購入価格は200円だとすれば、
その時点の購入口数は30,000円÷200円=1,500口となるわけです。
続いて2月に入りA投信が100円に値下がりしていたとすればどうでしょうか、
皆さんがその時点で買えるA投信の口数は
30,000円÷100円=3,000口となり、1月に比べ2倍の口数のA投信を買うことができます。
このように毎月一定額をあらかじめ決められた投資対象に、機械的に購入し続けることにより、
投資対象の価格が高い時はより少なく、価格が安い時にはより多く買うことができるというわけです。

このようにドル・コスト法積立の利点は、
(毎月一定“量”を買い続ける場合に比べ)平均購入単価が低くなり
投資効率が高まる(場合がある)という点にあります。
さらにもう一つのドル・コスト法の利点は、心理的な面にあります。
例えばある月に投信Aの価格が30円に急落したとしましょう、
もちろん一括投資でこの投信を大量に保有していれば大きなショックを受けるに違いありません、
ところがドル・コスト積立を行っている場合、下落したA投信の買い付け口数は逆に増えますから、
今までの積み立て分には目をつむり、今後の積立に希望を持つこともできるわけです。

私は特に若い人たちが、長期にわたって少しずつ金融商品を購入することは、素晴らしいことだと思っています。
年金の不安、雇用の不安、財政悪化によるインフレや円安への懸念など・・
私たちを取り巻く経済的、政治的な不透明感は、
どう考えてもここ数年で解決に向かう性質のものとは思えません。

「例え日本の国がどのようになっても、自分と自分の家族の生活は守らなければならない」
きっと若い人ほど、このような思いを強く持っていることでしょう。
これは極めて健全な考え方だと私は思いますし、私自身も若い人たちがこのような目的意識を持って
長期の積立を行うことを、大いに応援してゆきたいとも思っています。
ところが一方で、この積立投資に関していくつか気になることもあります。
「毎月一定額を積み立てるドル・コスト法は、
投資対象が一時的に激しく上下しても全く気にする必要はない、
長期的にみれば皆さんの資産は徐々に増えるのだから、
皆さんは無駄な手間をかけず、ただひたすら積み立てを続ければいい」
例えばこのような表現のなかに、
私はドル・コスト積立の一側面を誇張した、売る側の意図を感じないわけには行きません。

私はこのような考え方は「積み立て投資」の本質を見誤っていると思うのです。
よく考えてみますと「積み立て」には二つの側面があることに気づきます。

まず一つ目は「これから入ってくるお金(いわゆるフローの部分)を、
あらかじめ決められた資産に『配分』するという側面」。
そして二つ目は「既に入ってしまったお金(ストックの部分)を、『継続運用』してゆくという側面」です。

これをヒヨコの養殖に例えるなら、
毎月一定のお金でヒヨコを買ってくる作業が前者で、
買ってきたヒヨコを育て増やす作業が後者ということになるでしょう。
仮に毎月1,000円でヒヨコを買ってくるとしますと、
例えばヒヨコ一匹が500円なら二匹しか買えませんが、
一匹100円なら十匹買える計算です、
相場が高い時には少ししか買わず、相場が下がるとたくさん買う、
確かにこれは積立投資の効用の一つで、購入価格の変動リスクを下げるのに有効だといえます。
一方で、既に鳥小屋に入ってしまっているヒヨコはどうでしょうか。
順調に行けばヒヨコはニワトリになって繁殖しますし、
飼い主が毎月新しい仲間を買ってきますから、ヒヨコはどんどん増えてゆくことでしょう、
ところが一方でヒヨコの相場は日々変動しています。
買い始めた当初は、鳥小屋のなかのヒヨコはそれほど多くはありませんし、
毎月あたらしいヒヨコが入ってきますので、飼い主は、きっとヒヨコの相場など気にならないに違いありません。

ところがそのあと、小屋のヒヨコはどんどん増えてゆくわけです・・

年を追ってフローの部分(買い増されるヒヨコの数)に比べ、
相対的なストックの部分(小屋のなかのヒヨコの数)の割合は増えてゆきますので、
飼い主は徐々にヒヨコの相場が気になり始めることでしょう。
さらに時がたち(皮肉なことに)このドル・コストによる長期投資が成功すればするほど、
皆さんは日々のヒヨコの値動きが気になり、
いずれ頭のなかはヒヨコでいっぱいになり夜も眠れなくなることでしょう・・
そしてその頃になって、
「もっと早いうちに、ヒヨコの値動きについて勉強しておくべきだった」と後悔するに違いありません。

結局、積立投資が手間いらずにみえるのは、最初のうちだけで、時間の経過とともに、
徐々に皆さんの手間や苦労は増えてゆくことになるはずです。
ではなぜこのような、「積立投資=手間いらず」という誤った図式が生まれてしまうのでしょうか。

私はフロー(バケツ入ってくるお金)の『配分』と、
すでにバケツの中に入ってしまったストックの部分の『運用』を、混同しているからではないかと思います。
ドル・コスト法による積み立ては、フローの『配分』を行うための有効な手段ではありますが、
貯まったお金(即ちストック部分)の価格変動リスクを下げる効果はありません。

先ほどのヒヨコの例で解るように、積立投資が「放ったらかしでお気楽」なのは、
ストックの部分がまだ小さい、比較的初期のうちだけです。
投資家は、積立投資が進行するに従って、徐々に成長するストック部分のメンテナンスと、
その価格変動に大きな忍耐力を求められることになるでしょう・・・
私は積立投資を非常に有効な投資手法だと思いますが、
積立投資にこそ手間や努力が必要だということを、
私たちは、最初から認識しておく必要があるのではないでしょうか。

次に分散投資について少し考えてみましょう。
資産運用の要諦は分散投資だといわれてきましたが、
2008年のリーマン・ショック以降、この分散投資万能論はやや変質しつつあるように思います。
例えば株に対して債券やコモディティは相関性が低く、
これら資産に機械的に分散投資していれば、資産全体の値動き(即ちリスク)は抑制できる・・・
従来の分散投資は、このような一種の信仰に基づいていたといえるのではないでしょうか。

また株にしても債券にしても、
長い期間保有すれば(短期的な上下動を繰り返しつつも)いずれは上昇するのだから、
ずっと我慢して持ち続ければ問題ない・・・
このように長期投資万能論は、分散投資信仰とセットで語られることが多かったようですね。

簡単にいえば、分散投資と長期投資の組み合わせは万能だという考え方が
従来の資産運用の教義だったわけですが、この考えは本当に正しいのでしょうか。
例えば統計上、僅か2%の確率(2σ=標準偏差2つ分)でしか起きないとされる特異な年が、
我が国のバブル崩壊以降だけみても数回現れてしまうという現実。
あるいは世界の金融市場が一体化し、質的な変容を遂げる過程で、
過去の統計上のデータはむしろ投資家に誤ったサインを送ってしまうという懸念。

例えば従来コモディティと株は相関性が低く、これらの資産を分散して保有した場合、
資産全体の価格変動リスクを抑えることができるといわれてきましたわけですが、
その値動きは徐々に似通ったものになりつつあります。

このように今まで私たちが信じてやまなかった資産運用の常識が、
どうやらあやしくなってきているような気がしてなりません。
加えて私たちは、現在目の前で進行しつつある世界経済のパラダイム転換
(即ち先進国が低成長期に入る一方で、新興国が大きな影響力を持つにいたるという歴史的断層)
にも注目しておく必要があるはずです。このような状況では、
いくら過去のデータに基づいて機械的にポートフォリオを構築しても、
すでにそれ自体さほど意味を成さないという見方も成り立つわけです。

むしろ私は過去のデータのみでなく、
いわゆるフォワード・ルッキング(先を予想した)な投資スタイルを取り入れる必要があると思いますし、
それは自ずと今後の世界経済に対する予見が求められる作業だとも考えています。
これについては次章以降で改めて取り上げさせて頂きます。


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