■マネージド・フューチャーズの使い方(その3)
また一方で前回のショックは、私たちがヘッジファンドに対する理解を深めるのに格好の機会を提供してくれました、
先ほど述べたようにヘッジファンドの運用手法は多種多様です、
さらにいえばその多様性こそがヘッジファンドの最大の長所といえるかもしれません。
投資の教科書でよく分散投資という言葉を皆さんは目にされると思います、
これは株に対して債券やコモディティといったように、異なる方向に動きやすい金融商品に資産を分散することにより、
資産全体の値動きを小さくする効果を狙ったものです。第一章でご説明したように、
値動きの大きさのことを価格変動リスクと呼び、人間はこのリスクが大きいほど"ハラハラ感"を持ちます、
従って極力異なった値動き、あるいは無関係に動きやすい性質をもった複数の資産を組み合わせて保有することにより、
資産全体のリスクを小さくすることができますし、そのことで皆さんの"ハラハラ感"を小さくすることができる。
資産運用の教科書にはこのように書かれていますし、これが現代ポートフォリオ理論の根幹をなす理論でした。
近年の金融工学の発展で、株や債券、不動産といった伝統的な金融商品だけではなく、
さまざまな金融工学を駆使した金融商品、金融派生商品が生み出され、
それが分散投資をますます複雑怪奇なものにしてゆきました。
例えばヘッジファンドの一形態にファンド・オブ・ヘッジファンズという手法があります、
この手法は自らヘッジファンドを運用するのではなく、戦略の異なるヘッジファンドに分散投資するものです、
ファンドマネージャーは組み入れるヘッジファンドを、その相関性(値動きの方向の関連性)に配慮して選択することにより、
できるだけ価格変動リスクを下げながら一定のリターンを維持することを最終目的とします。
もちろん彼らはヘッジファンドのプロフェッショナルですから、
組み入れるファンドに対して100%理解していることが要求されるはずです。
ところが2008年末驚くべきニュースが金融界を駆け巡りました、いわゆるバーナード・マドフによる巨額詐欺事件です、
彼は一時NASDAQの会長職をも務めた金融界の重鎮でした、
そのマドフ氏がねずみ講まがいの詐欺ファンドを運用し4兆円近い損失を投資家に与えたというのです。
彼は1980年代からすでにこの手の詐欺ファンドを運用しており、富裕な個人投資家や年金など機関投資家が被害者になりました。
驚くべきはいくつかの大手ヘッジファンドですら、ファンド・オブ・ヘッジファンズ経由でこの詐欺ファンドに
巨額の資金を投じていたという事実です。本来は、現代ポートフォリオ理論の粋を集めた頭脳により、
高度な金融工学を駆使して運用されているはずのヘッジファンドが、
この単純な詐欺スキームを見破ることができなかったわけです。
このような現実を目にするにつけ、金融工学ははたして私たち人間を幸福に導けるのか、
そのような基本的な面で私は疑問を抱かざるをえません。もちろん詐欺と学問は次元が違います、
詐欺を見抜けなかったのは学問として金融工学がいたらなかったからというわけではないでしょう、
それでも金融工学を駆使して構築したポートフォリオが、ごく単純な詐欺によって、いとも簡単に損失を被ってしまう・・・
この事実のなかに金融工学への過信やその信奉者の奢りのようなものはなかったでしょうか。
さらに今回のショックによって我々が学んだことが他にもあります。
先ほど述べたように資産運用の要諦は「相関性の低い複数の資産への分散投資」といわれてきました、
例えば株と債券はやや逆に動く性格(「負の相関性」)を持っており、
これらを合わせて保有した場合のリスク抑制効果が高いといわれてきました、
また株とコモディティも歴史的に相関性が低く、ポートフォリオのリスク抑制効果が高いと考えられてきました。
ところがどうでしょう、2008年に世界を突如襲ったリーマン・ショック以降、世界の株価は先進国の株であろうが
新興国の株であろうが一斉に急落しました、もちろん株だけではありません、原油や穀物などのコモディティ、
さらには金融ショックに強いといわれてきた金ですら一時的に激しく下落しました
(CRB指数2008年-2009年チャート、CRBサイトより)
(2008年3月~2009年3月 金価格チャート、KITCO社サイトより)
平時では有効だった分散投資が、このように市場に強いストレスがかかった状態では、ほとんど機能しなかったわけです、
いくら市場が高度になり複雑化しても、最終的に運用の指示を出しているのは生身の人間です。
人間は強いストレスにさらされると、一斉に同じ行動をとるようにできているのかもしれませんね、
かつて遠い昔、まだ人類がアフリカの草原で集団生活を営んでいたころの記憶が、
我々のDNAに刷り込まれているのかもしれません。
このような一斉行動に走った結果、株であろうが不動産であろうが関係はありません、
市場を支配するルールは金融工学から恐怖へ代わり、
市場参加者はリスク回避に向けて一斉に同じ方向に走りだすことになります、
あたかもアフリカの草原で猛獣に襲われた時の我々の祖先のように・・・。
金融工学の粋を尽くして作られた自慢のポートフォリオが無残に崩壊する、本来異なる方向に動くはずの資産が、
一斉に同じ方向に向かって動き出す、それも下に向かって・・・まさに相関係数が1になる日が来たわけです。 |